島津忠良

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しまづ ただよし
是什么意思

中文简介

岛津忠良(1492-1568) 又名岛津日新斋。伊作岛津家第十代当主。1492年出生在伊作城,幼名菊三郎。战国前中期,岛津氏分裂出许多个不卖本家面子的强横分家,其中以萨州(萨摩)、向州(日向)和伊作三家势力最为庞大。

日文简介

1492-1568 戦国時代の武将。
明応元年生まれ。父島津善久(伊作家)の死後に母が再嫁した相州家島津運久(ゆきひさ)の家督をつぎ,伊作・相州両家の所領をあわせ,薩摩中部に勢力をひろげる。宗家島津勝久の後嗣に長男貴久(たかひさ)をいれ,薩州家島津実久(さねひさ)を破り,勝久を追放して,近世島津氏の基礎をつくった。自作の「いろは歌」は,のちの鹿児島藩士の教訓書となった。永禄(えいろく)11年12月13日死去。77歳。号は日新斎(じっしんさい)。
【格言など】急ぐなよまた留るなわが心定まる風の吹かぬ限りは(辞世)
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