大隈重信

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おおくま しげのぶ
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大隈重信(おおくましげのぶ、1835年3月23日—1924年7月2日),明治时期政治家,财政改革家。日本第8任和第17任内阁总理大臣(首相),明治维新的志士之一,早稻田大学的创始人。

日文简介

1838-1922 明治-大正時代の政治家。
天保(てんぽう)9年2月16日生まれ。肥前佐賀藩士大隈信保の長男。長崎でフルベッキに英学をまなぶ。維新後,明治政府の徴士参与職,外国官副知事,大蔵卿,参議などを歴任。秩禄処分,地租改正などを推進した。明治十四年の政変で官職を辞し,翌年立憲改進党を結成し,総裁。同年東京専門学校(現早大)を創立。21年第1次伊藤内閣,ついで黒田内閣の外相となり,条約改正にあたるが,反対派の来島恒喜(くるしま-つねき)に爆弾をなげつけられ右足をうしなう。31年板垣退助と憲政党を結成して日本初の政党内閣(隈板(わいはん)内閣)を組織。大正3年第2次内閣を組織して第一次大戦に参戦,4年には対華二十一ヵ条要求を提出した。大正11年1月10日死去。85歳。
【格言など】文明の凶器は利きめあり(爆弾事件のときの言)
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