平田篤胤

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ひらた あつたね
是什么意思

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日本思想家、理论家。复古神道领袖。他强调天皇的神性,这种思想对19世纪下半叶尊王倒幕派产生了巨大的影响。平田原来研究新儒学,后来研究神道学,努力发展神学体系,为社会和政治活动提供理论基础。他极力宣扬日本是神之国,诸神通过历代天皇向日本传授正道。因抨击德川幕府,结果被斥退还乡。

日文简介

1776-1843 江戸時代後期の国学者。
安永5年8月24日生まれ。出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩士大和田祚胤(としたね)の子。20歳で江戸に出,備中(びっちゅう)(岡山県)松山藩士平田篤穏(あつやす)の養子となる。本居宣長(もとおり-のりなが)没後の門人を称する。儒教を批判し,尊王思想をとなえ,幕末の尊攘(そんじょう)運動に影響をあたえた。天保(てんぽう)14年閏(うるう)9月11日死去。68歳。通称は大角,大壑(だいがく)。号は真菅乃屋(ますげのや),気吹乃屋(いぶきのや)。著作に「古史伝」「古道大意」「霊能真柱(たまのみはしら)」など。
【格言など】思ふ事の一つも神に勤めをへずけふや罷るかあたら此世を(辞世)
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